2025.4.14
京橋から紡ぎ伝える、中国・鑑賞陶磁との出会いとその魅力 「稲村美術」

稲村美術 稲村 全史 様
━━歴史ある古美術や骨董のお店が建ち並ぶ仲通り(こっとう通り)に、路面店として開廊されたのは、2024年の12月半ばのことでしたね。
はい。ここは以前、日本美術で知られる五月堂さんが、長らく営業されていらっしゃいました。私が2021年に井上オリエンタルアートから独立後約3年間無店舗で活動しておりましたが、実店舗を立ち上げようと場所を探していた際、五月堂の代表である上野さんから、お店を日本橋に移転されると伺いまして。
今は銀座にある井上オリエンタルアートも、以前はこの仲通り沿いで営業していましたので、私自身の原点とも言えますし、“メインストリートのど真ん中”であるこの場所で、自分の志を置いてやってみたい、と、思い切ってこちらで始めました。
主にご紹介しているのは、中国や韓国、日本などの“観賞陶磁”、見て楽しむやきものです。また、特に専門ではないですが、個人的に好きな軸や絵画もかけていますね。
━━稲村さんが、中国などの陶磁器の世界に魅了されるようになったきっかけをお聞かせください。
もともと幼い頃から、絵を描くことや工作が得意で、美術も好きでしたが、古美術や骨董の世界で修行を始めたのは、実は30歳を過ぎてからなんです。当時、注目を集めていた中国陶磁に自分も興味をもち、色々と勉強していくうちに、という感じでしたね。
また私自身はどちらかと言うと、絵柄が入っているものより、装飾のない素文(そもん)のようなものが好きで、独立して最初に企画した展示では、白磁をテーマにしました。白磁は横にずらっと並べて見せても、作品の良し悪しではなく、それぞれの“色”と“かたち”の魅力や個性が楽しめるやきもの、という点が魅力の一つでしょう。
“色”と“かたち”というと、やはり宋磁(そうじ)ですよね。その後、時代が下るなかで、釉上彩、染付、五彩そして粉彩と展開していきますが、シンプルな“色”と“かたち”という要素で構成される白磁は、とても奥が深いのです。
企画展示はその翌年、単色をテーマに開催しまして、今回の「東京アートアンティーク2025(以下、TAA2025)」では、五彩をテーマに、いわゆる上絵付の品物を特集します。本来の私の好みとは相反するジャンルではございますが中国陶磁の歴史を語る上では避けて通れない所ですので。
━━それはとても楽しみですね。展示する品物をまとめたカタログも、いつも丁寧に制作なさっていますが、今回もきっと素晴らしい内容になることと思います。
古美術や骨董、というと、興味があっても“最初の一歩”が難しい、という声をよく聞きます。普段、現代作家の作品などに慣れ親しんでいるお客様にとっては特に、かと思いますが、もともと異なる業界から古美術のプロになられた稲村さんが思う、おすすめの“最初の一歩”は、どんなところから始めたら良いでしょうか。
昔から言われ続けてることですが、この世界では『何を買うか、より、誰から買うか、が大事』です。私どもは真贋を見極めるという重要な役割を担っていますので、最初はやはり、信頼のおけるお店の方に、いろいろと教えてもらうのが良いと思います。
この仲通りを中心としたエリアは、まさに日本一の骨董街といっても過言ではないはず。真贋についても、責任をもってご紹介しているお店ばかりですので、安心してご覧いただきたいです。また、お店の人にはなかなか気軽に聞きづらい、という方は、骨董が好きな人たちの集まりや、サークルのような場に参加して情報交換するのも良いかもしれません。
もちろん美術館に足を運ぶこともオススメです。
色々なものを見てご自身の好きな物をみつけたら、まずは範囲をぐっと狭く絞り限りなく狭い範囲を勉強していく、という方法がいいとおもいます。
その上で色々なお店や催事なども回って、ご自身の感性にあうお店や商人を探し、関係を築いていくというのが一番なのかもしれません。
品物を購入する時には“安くて良い掘り出しものを見つけよう”、と考えないほうが良いです。良いものは高い、というのは大前提ですから。
━━古美術や骨董を、本当に信頼して見ることができる、というのは非常に大切です。
そうですね。また、品物を買う・買わない、だけではなく、そのプロセスも楽しんでもらえたら、と思っています。少しでも興味を持ち、本当に良い品物をじっくりと見てみたい、色々と見て勉強したい、今すぐには難しいけれど、いつかは買ってみたい、と思って足を運んでくださるなら、私はウェルカムですね。お店に入ったら買わないといけない、ということもありませんし、色々と質問してもらえると私自身も勉強になりますので。
少し話が逸れますが、私の自宅には大量のレコードのコレクションがありまして。いい音楽を少しでもいい音響で聴きたい、と、スピーカーなどのオーディオ設備にも、非常にこだわっていた経験があります。
ただ、ある日テレビをつけた瞬間、妥協の産物の極みであるテレビの内蔵スピーカーから偶然流れてきた音楽に鳥肌が立ったことがあったんです。つまり、こだわりぬいた音響や機材と、音楽そのものの素晴らしさは全く関係がなく、オーディオへの細かすぎるこだわりは音楽の本質とはかけ離れたことだったのです。
これはおそらく、どんな世界においても言えることでしょう。どれだけテクノロジーが発達し、膨大な知識を得たり情報を集めたりして良し悪しを考えるよりも、直接その場所に足を運び、自分の目と耳で見て聞いて、できれば触れて、生活の中に取り入れて、というように、五感をフルに使って体感することに勝るものはない、ということが本質なのです。日本にはまだまだ、素晴らしい品物がたくさんありますので、ぜひ実物を見て、感じてもらいたい。それが、私がお店をやっている一番の理由かもしれません。
━━ありがとうございます、おっしゃる通りですね。
私自身、大阪のサラリーマン家庭の生まれですが、おかげさまでご縁に恵まれ、ここで路面店を始めることができました。今は自分より先輩の方々が多いので、もっと若い世代が独立し、この仲通りに出店してくれたら、お客様の層も広がっていくのでは、と思います。
というのも、少なからず時代の流れもあるのかもしれませんが、いまの日本は、文化全般へ興味関心を向ける方が減りつつある、という危機感があります。私はこれからも、この京橋や日本橋の一帯が、文化と美術の街でもあってほしいと思っていますので、TAAという取り組みが続くことで、古美術や骨董に親しむ方が増え、街全体がさらに活性していってほしいです。
━━最後に、もしもTAAにいらした皆さまが、「これが欲しい」と思う品物と出会ったら、おそらく良いものは高いでしょうから、大いに迷われることと思います。そんなときはどのように決めたらいいのでしょうか。
自分もよく迷うのですが、そのときは中国に伝わる、この古い格言を思い出します。
如果猶豫的理由是價格的話、買下。如果買下的理由是價格的話、別買。
(迷う理由が値段なら、買いなさい。買う理由が値段なら、やめなさい。)
古美術に限りませんが、迷ったときに、値段が安いから買う、という判断は避けたほうが良いですし、安いものを100点買うより、高くても名品だと思える物を1点買うことをお勧めします。何より、品物そのものが美しいかどうか、自分が本当に欲しいのかどうか、が最も大切です。まさに本質をついた言葉だと私は思います。
━━とても参考になる格言ですね。貴重なお話の数々をありがとうございました。
稲村美術
https://www.tokyoartantiques.com/gallery/inamura-arts/
インタビュー・執筆:Naomi
https://naomi-artwriter.my.canva.site/
撮影:東京アートアンティーク実行委員会