2018.3.8
やきものとの出会い~京橋での図録制作
荒川正明
私がやきものに興味を持ちだしたのは、学生時代からです。大学で専門にやきものを学んだことはなく、単に大学のサークル活動がきっかけで、あくまで遊び半分でした。史学部というサークルは、当時、根津美術館の奥田直栄先生が顧問をされ、戦国時代の城郭跡などの発掘調査を中心に活動していました。茶道史や陶磁史に詳しい奥田先生は、中世から桃山時代にかけての陶磁器の年代観を確立するために、中世城郭跡などを積極的に調査、そこから出た陶磁器を研究対象にされていたのです。
なんだかよく知らないうちに、私も城跡の考古学調査に参加したのですが、土の中から次々に出土する陶磁器類に、徐々に関心が向くようになりました。陶磁器のカケラが土中から顔を出しますと、クラブの先輩たちが「これは中国産だ」「いや国産の瀬戸窯だろう」などと議論を始めます。その様子を見て、なるほどこれはなかなか面白いものだな、と思うようになっていきました。この史学部の先輩には伊万里焼研究の大橋康二さん、鎌倉考古学の手塚直樹さん、蒔絵研究の小松大秀さんなどがいらっしゃいます。
卒業後、いきなり有楽町にある出光美術館に入ることとなりました。小山冨士夫先生が顧問役を務めていらした出光美術館の収蔵庫は、まさに宝の山でした。理事の三上次男先生、先輩学芸員の弓場紀知さん、金沢陽さんなどは、主に中国陶磁を専門とし、日本陶磁をやる方はいませんでした。そこで自然に、私の担当は日本ということになりました。古代から中世、さらに桃山から江戸時代の充実した日本のやきもののコレクションが、あまり精査されずに、倉庫の中に眠っていたのでした。なかでも、古唐津や古九谷、京焼などは国内屈指の内容で、これは学芸員冥利に尽きる状況でした。自分がその未踏の宝の山に分け入ることを許され、頂上を目指し登っていくことを課せられたわけです。私にやきものの魅力を教えてくれ、そして研究者としての道を歩ませてくれたのは、この出光コレクションの名品群なのです。
そして、出光で最初に担当させられたのは、近現代の陶芸家・板谷波山の展覧会。この仕事も、あまり波山に興味のない先輩方から私へと、単にお鉢が回ってきただけなのでした。
さて、この板谷波山の最初の図録は、京橋の印象社で制作していただきました。没後30 年の記念展を波山の故郷・茨城(茨城県近代美術館1994 )で開催したもので、印象社社長の中島唯一さんは職人気質で、なによりも波山芸術に心酔し、「私に波山の図録をつくらせてくれ」と茨城県に直談判されたということでした。
中島さんと出会い、その時以来、今度は私が中島さんに弟子入りし、図録制作のイロハを学ぶこととなりました。中島さんの図録作りへの姿勢、そのセンスに、大変感銘を受けました。これ見よがしの派手な装丁を嫌う中島さんは、あくまでも作品を主役に据えた、外連味のない図録作りが定評で、ご自身が書家でもあり、文字の選び方やその配置にも細心の注意をされました。
波山の図録以来、自分の担当する展覧会が近づいてくると、私は決まって京橋詣でをして、中島さんとの図録作りに没頭しました。展覧会開幕の直前ギリギリまで印象社でカンヅメになり、消えていってしまう展覧会の代わりとして、記録として残る図録制作に全力を注いだつもりです。『板谷波山』から始まり、『古唐津』・『古九谷』・『志野と織部』・『柿右衛門と鍋島』等々、私の関わった出光コレクションの図録は、ほとんどが京橋の地から生まれました。
最後に、じつは京橋では仕事のみに没頭していたわけではありません。図録の原稿を書くのに行き詰った時は、いつもブラブラ散歩をしていました。当然のように京橋~日本橋界隈の骨董屋・ギャラリー巡り。あるいはイナックスのギャラリーや本屋さんを覗き、たまには印象社の1階にあるイデミ・スギノでお茶とケーキも御馳走になりました。昼には明治屋のハンバーグや、美々卯の鳥南蛮ウドン、京橋きむらのロールキャベツも美味しかった。
現在の京橋はどんどん新しく生まれ変わり、モダンな空間に様変わりです。印象社さんも今は日本橋の方に移ってしまい、私はじつは今の京橋には一抹の寂しさを感じています。
【プロフィール】
荒川正明氏 あらかわ まさあき 1961 年、茨城県生まれ。学習院大学大学院人文科学専攻修士課程修了。専門は日本陶磁史。出光美術館主任学芸員を経て、2008 年より学習院大学文学部哲学科教授(日本美術史専攻)。著書に『日本やきもの史』(美術出版社、1998、共著)、『板谷波山の生涯』(河出書房新社、2001)、『唐津やきものルネサンス』(新潮社、2004、共著)、『やきものの見方』(角川書店、2004)、『やきものの楽しみ方』 ( 池田書店、2009)、『日本美術全集 黄金とわび(桃山時代)』(小学館、2013)などがある。 |
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