2023.9.2
店主の小咄 vol.3 | 여보세요 street
【つつみ美術 堤里志】
私が独立した頃、今のような中国美術の高騰はなく、鑑賞古陶磁を専門とする業者間の話題といえば「今日はどんな李朝が出たか?」と、朝鮮美術、中でも高値だった「分院里官窯」の話が専らでした。
当時の李朝ブームは凄まじく、修行先だった店でも主人が交換会(業者間の競市)から戻ると、近所の喫茶店やコンビニなどで時間を潰していた韓国人ディーラーが列をなして押しかけ、その日の仕入れ品を我先に争うように買っていくありさまです。当然売値もこちらの付け値に納得してもらいやすく、勢い、独立を控えた半人前の私ですら「交換会で少々高くとも李朝さえ買っていれば何とかなるだろう…」などと、画餅に甘い妄想を膨らませたものでした。(実際にはアジア通貨危機が勃発し李朝陶磁の急騰は終焉を迎えます)
兎にも角にも、年季を迎えた私はとりあえず拠点となる店を探すこととなり、以来現在の地で糊口をしのいでおりますが、丁稚時代に仰ぎ見た大店ひしめく日本橋や京橋で、若造の私が今まで何とか営業してこられた最大の要因は他でもなく「店舗立地の運」だったように思います。(目利き云々の話は論をまたないのでこの際省きます)
今の店は、サンドイッチ屋さんが閉店することを近所の同業者さんが聞きつけ、居抜きなら安く貸りられるらしいと知らせてくれました。見ると油にまみれてドロドロですが、都心の角地で間口が広い。資金の乏しい身としては、汚れている程度で相場より安く貸していただけるならこんなありがたいことはありません。即決でした。
あまり深く考えず決めた店舗ですが、同じ通りに李朝の名店「古美術さかもと」さんと、「古美術平本」さんがあり、その後「青古堂」さんも加わると日本でも指折りの李朝専門店が隣近所で、その真ん中に弊店があるという状況になり、やはり李朝を主力商品としていた当時の私には大変刺激的で研鑽になる立地だったのです。地理的な恩恵をたくさん受けました。
そのころ仕入れに訪日する韓国人ディーラーの多くは、東京駅に着くとまずこの通りから物色を始めます。
店の外で携帯電話を使い、お互いの情報交換や、国際電話をするものですから、前の道のあちらこちらから賑やかな韓国語の声が聞こえてきます。
京橋仲通りと交差するこの狭く短い通りは、いつしか一部の人から「ヨボセヨ(もしもし)通り」と呼ばれるようになりました。
「古美術さかもと」の坂本一二さんも、「古美術平本」の平本邦夫さんも鬼籍に入られてしまった今、道端で電話する韓国人ディーラーの数はめっきり減ってしまい、通りの俗称が広く周知されることも結局ありませんでしたが、未曾有の感染症により閉鎖されていた世界の空港が開かれはじめた昨今、TAAの路地のそこかしこに、新たな時代の活気が「ヨボセヨ〜」や「ニーハオ!」の挨拶と共にまた戻ってきそうな気配も感じられるのです。
【つつみ美術 堤里志】
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つつみ美術 Tsutsumi Art
11:00 - 18:00
京橋1-6-7京橋高野ビル1階
Kyobashi Takano bldg. 1F, 1-6-7 Kyobashi
TEL:03-3535-0720
WEB:https://www.tsutsumi-art.com/
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