2016.2.24

UTSUKUSIよもやま:常盤山文庫と調査と手帳

矢島律子 町田市立博物館学芸員

 このたび3月12日(土曜日)から5月8日(日曜日)まで、町田市立博物館で開催される「常盤山文庫と町田市立博物館が語る 中国陶磁うつくし」展の発端は公益財団法人常盤山文庫で行われた中国陶磁研究会です。この会は、常盤山文庫が近年収集に力を入れてきた中国陶磁のユニークな資料をめぐって、長谷部楽爾先生の教えを何らかの形で受けたことのある人々が集まり、勉強して、その結果を会報として年に一回を目途に発行するというものです。昨今は、出版事情等によりこの種の刊行には制約が多く、原稿の枚数や図版の数などがかなり限られてしまうものですが、常盤山文庫の会報は作品の細部についての解説や図版が、うらやましいほど丁寧に作られており、会誌というよりも著作集のような読み応えがあります。

 こうした研究会を重ねながら常盤山文庫のコレクションは急速に充実してきました。鑑賞の対象としての中国陶磁の歴史を考えるという常盤山文庫の研究姿勢は、見失われがちな日本における鑑賞陶磁研究の原点確認でもあります。町田市立博物館も実は少しずつですが中国陶磁を集めてきたので、コラボ展にしましょう、と提案させていただきました。快諾いただくとはありがたい限りです。

 この中国陶磁研究会の中心は長谷部先生を核とする常盤山文庫の菅原理事長と佐藤サアラさん、山本恭一氏で、私は声をかけていただくとぴょんぴょん飛んで行くだけです。こんな資料が見られます、今度こんな調査に行きますがどうですか、と声をかけてくださるのです。

 調査は好きです。その結果がどのように私の中に蓄積されているのか、心もとなくはありますが、実物を見、作品を手に取り、先生、先輩、同輩、後輩と意見を交わしながら過ごす時間は何物にも替えがたい。拝見するものが青磁だったりすると、心はまさに「雨過天晴破雲」となり、日ごろの雑事からすっきりと蘇えることができます。

 中国陶磁に心を奪われたのは、高校2年生の頃に京都国立博物館でデヴィッド・コレクションの中国陶磁展を見たときでした。その形と色の調和、気高さに衝撃を受けたのでした。結局、大学で卒論テーマに中国陶磁を選び、大学院へ進んだわけですが、そのあたりからどうやって陶磁器を研究すればよいのか分からずに苦しみ出しました。陶磁器は触ってみなければ分からないことに気がついたのです。重さ、手取り、高台周辺から口縁への器体の厚みの変化、釉の手触り、光の当たり具合による変化、高台の作り、目あと、内側の釉や化粧の有無、小さな欠けからのぞく素地の色などなど。けれども、二十歳代前半の、見るからにぽやんとした女子学生に中国陶磁の名品を触らせる無謀な人が早々いるはずもない。数年間さまよっていたら周囲が哀れに思ってくださって、少しずつ触る機会が増えました。最初のうちは、触らせてもらっても読み取りどころが分からない。調査に呼んでくださった先生、先輩方の言葉少なな会話に必死で耳をそばだたせてへとへとになったものでした。

 そのころから憧れていたのが、先生・先輩方が持っていた小さなノートです。その人によって書き留めるデータや手法が違います。考古学の方たちが持っている「野帳」というのがあって、方眼状の罫線が入っており、簡単な図面を書くのに便利なので、多くはそれを使っていらっしゃるのだと思います。見事なデッサンが展開している手帳をちら見したこともあります。調査旅行中の記録、同行した人の氏名や集合期日、使った飛行機、ホテル、起床時間まで細かな行動記録をつける人もいます。四半世紀も前の調査行などをぱらぱらっと手帳を裁いて、「いや、あの時は○○さんも来ていたね」なんて話されると、かっこいいなあ。けれども私は根がずぼらなので、なかなかできませんでした。

 48歳から私もつけ始めました。ちょうど暦を4回めぐった誕生月にインドネシアの空港で始めました。もうそろそろ真面目にやらないとなあと思ったのでしょう。私の場合、うっかり者で野帳のようにコンパクトだとなくしてしまうので、もっと厚くて派手な手帳です。五ミリ幅の罫線が入っていまして、それを頼りに調査した作品のデッサン(というよりも当たり程度のもの)を書いています。注意力が散漫な私には、自分の手でモノの絵を描くのは効果があって、より細部を注意深く突き詰めて見るようになったと思います。写真を撮れば済むではないかと思われるかもしれませんが、肝心な読み取りどころを落としてしまう気がします。図と注記で記憶が蘇るので後から類品を見たときにも有効です。

 調査旅行の記録として私に有効なのは食べ物とお金です。何を食べたかがきっかけでその日の調査の様子がスルスルと蘇ったりします。それが、何ルピアだったか、何ドンだったか。意地汚いせいかもしれません。ナムディンで食べた鳥鍋おいしかったなあ。

 町田市立博物館は近年、年報に紀要を付すようになり、調査行を報告することが増えましたので、この手帳が役に立っています。生産地へ赴くような調査行の場合には、気候や景色、地形など風土の記録も重要です。陶磁器はその土地から生まれる。土や水、木々を使って作るのが原則ですから、風土抜きには理解できない。当たり前なこのことも、調査行を通じて諸先生、諸先輩方から学びました。

 常盤山文庫の中国陶磁研究会で耀州窯と法門寺秘色青磁の調査に行った際の記録もあります。耀州窯博物館の近くで食べたトマトと卵の炒め麺がおいしかった、とあります。あらら?? えっと、もちろん、化粧掛け総釉の五代耀州窯青磁の記録もありますってば。



「中国陶磁みてあるき」へ続く>>



「常盤山文庫と町田市立博物館が語る ― 中国陶磁うつくし ― 」

 2016年3月12日(土)~5月8日(日)

常盤山文庫と町田市立博物館が語る ― 中国陶磁うつくし ― 
 日本人は古くから独特の美意識で中国陶磁を鑑賞し、愛してきました。日本における中国陶磁鑑賞の伝統は、世界に高く評価されています。
 本展は、公益財団法人常盤山文庫と町田市立博物館が、中国陶磁の美しさを味わう豊かなひとときを提供しようと企画しました。
 町田市立博物館は1992年に山田義雄氏ご遺族から東洋陶磁コレクションを寄贈されたことが契機となって、中国陶磁史の全体を見渡せるコレクションを目指してきました。
 公益財団法人常盤山文庫は中国陶磁の名品を所蔵し、日本における鑑賞史に着眼した研究活動を展開しています。なかでも白磁と青磁のコレクションはユニークな存在として知られています。
 両コレクションのなかから選びぬいた87 件112 点は、ひとつひとつに見どころがあります。ゆっくりじっくり中国陶磁をお楽しみください。


第Ⅰ章 冥界の夢 -俑と明器- 10件23点
第Ⅱ章 色彩の覚醒 -白磁と三彩- 24 件27点
第Ⅲ章 湖水の色、天空の色 -青磁の完成- 22 件23 点
第Ⅳ章 広がる美 -多彩な展開- 31件39点




開催場所/町田市立博物館
主催/町田市立博物館 http://www.city.machida.tokyo.jp/
   〒194-0032東京都町田市本町田3562 TEL 042-726-1531
特別協力/公益財団法人 常盤山文庫
後援/公益社団法人 日本陶磁協会


休館日/毎週月曜日  
    ただし、3月21日(月・祝)は開館し翌3月22日(火)休館
開館時間/午前9時〜午後4時30分
入館料/一般300円 (中学生以下無料、障がい者半額)

交通:
小田急線・JR横浜線「町田駅」バスセンター7番
「藤の台団地」行にて「市立博物館前」下車、徒歩7分
問い合わせ先:町田市役所 TEL 042-722-3111(代)


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

イベント *参加には別途入館料が必要です

・講演会
 日時:3 月21日(月) 午後2 時~午後3 時30 分
 講師:常盤山文庫主任学芸員 佐藤サアラ氏
 演題:「常盤山文庫と中国陶磁」

・座談会「女性研究者たちが語る、中国陶磁うつくし」
 日時:5 月1日(日) 午後2 時~午後3 時30 分
 講師:常盤山文庫主任学芸員 佐藤サアラ 氏
    静嘉堂文庫美術館主任学芸員 長谷川祥子 氏
    東京国立博物館研究員 三笠景子 氏
 定員:各回50名

・体験教室「チャレンジ! !篆刻 ― My 印を作ろう ―」
 日時:4 月17日(日) 午後2 時から3 時    
    5 月4日(水・祝) 午後2 時から3 時
 協力:町田市書道連盟会長 宮本博志 氏    
    町田市書道連盟理事 斉藤千尋 氏    
    篆刻家 四壁透 氏
 定員:各回20名 対象:小学5 年生以上 参加費:300 円(当日支払い)
 *いずれも 
 会場:町田市立博物館2 階講堂(エレベーターはありません) 
 申し込み:町田市イベントダイヤル(042-724-5656)で3 月1日(火)正午から受付、先着順
 *篆刻体験講座申し込み時には印にしたい漢字1 文字を 合わせてお申し込みください。

・ギャラリートーク(展示室での作品解説)、
 各回定員20名(予約不要)
 日時:3 月12日(土)/ 3 月20 日(日)    
    4 月9日(土)/ 4 月23 日(土)    
    5 月3日(火・祝)/ 5 月5 日(木・祝)    
    各回とも午後2 時から3 時
 講師:4 月9日(土)/ 5 月5 日(木・祝) 常盤山文庫主任学芸員 佐藤サアラ 氏
   上記以外 町田市立博物館担当学芸員



連携事業

・東京国立博物館東洋館特集展示「中国陶磁の技と美」展
 主催:東京国立博物館
 会場:東京国立博物館
 期間:2016年3 月15 日(火)〜 5 月15 日(日)
    問い合わせ先:03-5777-8600(ハローダイヤル)

・中国陶磁みてあるき2016 参加館
 五島美術館  「中国の陶芸」展  2月20日(土)~3月27日(日)
 東京国立博物館 特集展示「中国陶磁の技と美」  3月15日(火)~5月15日(日)
 町田市立博物館「常盤山文庫と町田市立博物館が語る 中国陶磁うつくし」 3月12日(土)~5月8日(日)
 松岡美術館  「松岡コレクション 中国陶磁 漢から唐まで」 1月5日(火)~4月16日(土)
        「松岡コレクション 中国陶磁 宋から元まで」 4月26日(火)~9月24日(土)


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